沖縄から世界へ クリエイティヴなジュエリーを発信

公開日 2015/12/08

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名前
新里清明さん 新里明子さん
お仕事
ジュエリーデザイナー
出没スポット
VIVON
出身地
沖縄県那覇市首里

自分の可能性を信じて生きるジュエリーデザイナー兄妹

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兄と妹の2人がジュエリーデザイナー。アート&デザイン界では、超一流のアートスクールとして有名なイギリスの「セントラル・セントマーチンズ芸術大学」(以下セントマ)のジュエリー科で学んだという2人。そのいきさつは?

 

「ぼく、前職が美容師だったんですよ。美容師の修業でロンドンに行って、美術館を見ていたら、じっとジュエリーのショーケースを見ている自分自身がいて。そんなときに、セントマでジュエリー科があるよって聞いて、作品を作って応募したら受かっちゃった」と、兄の新里清明さん。

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高校からアートを勉強して、やっと入学できるのが普通の難関校に、現地の人間にまじってまったくの素人が受験するのだから、無謀といってもいいようなチャレンジだった。「ジュエリー科を受けるのだから、ジュエリー作品で受験するのが本当でしょうけど、そんなのできないから、下ネタのようなムービーを作って送ったんですよ。もちろんアートとして。それが通った」。

 

そして1年後、英語力が足りなくて残念ながら進級できなかった清明さん。だが一年間とはいえ、かなりレベルの高い授業を受け課題と取り組んできた。沖縄に戻ってからは地元に師匠を見つけ、2年半修業したのち独立した。

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妹の明子さんは、「兄が沖縄に帰るのと入れ違いに私もジュエリー科に進学しました。日本の大学を卒業し、就活をしながらNYに留学したり、ファッションが好きだったので勉強してみたいなと思ったんです。そのときにジュエリーや3Dコース、アクセサリーなど試せるコースがあって、作るのも楽しいなと思うようになりました」。外語大学を卒業していた明子さんは、英語でつまずくこともなく4年で卒業。最初はそのままロンドンで独立しようと思っていたそう。

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実は明子さん、セントマ在学中にアレクサンダー・マックイーン(同校の卒業生のブランド)とスワロフスキーのコラボコンテストでグランプリを取り、スペインのコンテンポラリージュエリーのコンテストの学生部門で優勝するなど、その才能は折り紙付き。「周りの声もあったし、自分でもロンドンでやっていけるんじゃないかと思っていました」と話す。そんな彼女が沖縄の兄の店に戻ってきたのはなぜだろう?

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きっかけは清明さんの言葉だったという。「お前、賞とったとかそんなことで調子にのるな」と言われたんです。社会人になったこともないやつが、経営のことも世の中のことも何にも知らないで、自分ひとりでやっていけると思うな、こっちで勉強しろ」と。いろいろ迷ったが、けっきょく兄の言葉に納得して沖縄のVIVONでデザイナーとしてスタートすることにした。

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「ぼくはもともと東京や海外で売れるものを作ろうと思っていました。沖縄に帰ってきたのは、沖縄からスーパースターが出たという希望を若い人へ伝えるためです。沖縄の人は内にこもるというか、外に出ていかない人が多い。彼らに姿勢を見せてやりたいんです。そのへんの奴らとは根本から意識が違います」と清明さんは続ける。いまどき、こんな無謀な夢としか思えないことを堂々と語る男性がいるだろうか。だが、清明さんの意志や方向性は鮮明で常にぶれない。

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「早く世に出たいとずっと我慢してきたんです。インパクトがあることをやるのは簡単だけど、実はやったあとに商品が用意できるという体制づくりが大事なんです。今はそれをこつこつと準備しているところです」。清明さんの強みは、ビジネスとアートをとてもいいバランスで考えていること。昨年立ち上げたショップにデザイナーとして明子さんが加わって、かなりパワーアップしたことは間違いない。

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「今まで一人でやってきたことが、妹と話したり、やり取りすると、インスピレーションも湧くし、こうやっていこうと決まるのがものすごく早い」。明子さんも「兄弟なんで、言いたい放題で言い合うんですが、あとにひかないというか気にならない。それはいいなと思います」。お互いの感性や存在についてはどう思っているのだろうか?

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「明子はまじめというか、教科書通りのような優等生な感じがします。学生だったらもっと暴れろよ、的な」(清明さん)。「9対1くらいの割合でほめてくれます。もちろん1がほめです。コメントしてくれたり、アドバイスをくれたり、とてもありがたいです」(明子さん)。

 

実は清明さんは、2016年から学校法人「琉美インターナショナルビューティカレッジ/沖縄写真デザイン工芸学校」に新設されるジュエリーデザイン科で講師を務めることが決定している。「デザインを勉強するとアイデアが浮かぶんです。親や子どもに教えてあげたりしたいなぁと思っています。保育園から高校まで、アートの学校を作りたいなんてことも思います。アートの公園を作るのもいいですよね」。

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「若い人に、一人ひとりの役目というか、自分という可能性を大切にして生きていってほしいと思うんです」。「あと、ものづくりをする人が集まってやれる場を作りたい。せっかく芸大を卒業しても活躍する場がないでしょ。そういう場を作りたい。今子どもが2人いますが、いっしょに遊ぶというより、背中を見せてあげたいと思うタイプです」。「仕事はまじめにやってはいけないって思います。思いつめたり考えすぎたりはだめ」。

 

自由人でアーティストな清明さんは、仕事は家でやったり、ショップ内のアトリエにいたり、気分がのらなければふらっと海に行ったり、生け花をしたりするという。オンとオフの切り替えもさらりとうまそうだ。

 

止まることなく熱く語る清明さん。思ったことをどんどん口にだし、仲間を作っていく。エネルギーのある人には同じようにエネルギーのある人が寄ってくる。必ずや世界にはばたくであろう新里兄弟に今後も注目していきたい。

 

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