自由な作風で時代を紡ぐうらそえ織の織り子たち

公開日 2014/09/27

うらそえ織の池原さんと久手堅さん
名前
池原恵子さん(右)・久手堅末美さん(左)
お仕事
うらそえ織 織り子
出没スポット
養蚕絹織物施設サン・シルク
出身地
池原さん:沖縄県宮古島市
久手堅さん:沖縄県浦添市
情報
1階ショップでは、カジュアルなウエアやバッグ、
手頃な価格の小物など、手織りの絹製品を幅広く販売。
掘り出し物も見つかるかも?
フィード情報

研修生から出発し、一人前の織り子に

うらそえ織
うらそえ織
うらそえ織の拠点である養蚕絹織物施設サン・シルクでは、現在11名の織り子さんが働いている。織り子さんの研修を行なう育成事業は2006年から始まり、池原さんは第1期、久手堅さんは第2期の修了生だ。お2人とも応募のきっかけは「染織物に興味があった」というのはもちろんとして、「企画・デザインから糸引き、機織りまで、すべての工程に携われるから」と口をそろえる。

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池原さんは宮古島出身。かつて子育ての傍ら、「時間を見つけては、久米島紬を織る仕事をしていました」という。宮古島といえば宮古上布が有名だが、「当時は存廃の危機真っただ中で、それどころではなかった」そうだ。その後、浦添に移り住んできた際に、研修生募集の案内を見つけ、さっそく応募。「以前は織るだけの仕事でしたが、今は自分で糸を引いて、色や太さも自由に調整できるのが楽しいですね」と笑顔を見せる。

うらそえ織
生まれも育ちも浦添市という久手堅さんは、現在2児の子育ての真っ最中。2人目の出産前日まで出勤していたことは、織り子さんの間では有名な語りぐさで、「妊娠中の気分が優れないときも、機を織ることで心が落ち着きました」と懐かしむ。うらそえ織を始めるまで染織物の経験はなかったものの、「80歳まで現役で琉球絣をつくっていた祖母に憧れていました」という。翻って久手堅さんの目標は、「80を超えるまでうらそえ織をつくり続けること」である。

うらそえ織
うらそえ織
うらそえ織を心底愛する姿勢が伝わるお2人に、意地悪く「でも、大変なこともあるでしょう?」と尋ねると、「デザインが、ちょっとね…」と苦笑い。機織りを始めるには、配色パターンや糸を通す順番、踏み木を踏む順番などを方眼上に記した「組織図」と呼ばれる設計図を作成しなければならず、複雑な計算を要するという。「まさか数学の知識が必要になるなんて」と、慣れたとはいえいまだに悪戦苦闘するそうだ。

うらそえ織の池原さんと久手堅さん
「作業風景は見学自由。1階のショップと合わせて、ぜひ2階ものぞいて下さい」と、池原さんと久手堅さんは広く呼びかける。また施設のある浦添市伊奈武瀬(いなんせ)は、海に突き出た出島状のエリアなので、工業地帯とはいえ「突き当たりの堤防から眺める北側と西側の海は絶景」なんだとか。機織りの途中、息抜きに堤防を歩くお2人の笑顔が目に浮かぶ。

地図

養蚕絹織物施設サン・シルク

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